庵主がコロナ陽性になった話 1

濃厚接触者

ある日、職場で一緒に働いている人が早退すると言ってきた。

小さいお子さんがいるお宅だと知っていたので、急な事もあったりもするだろうしと思ったのだけど、体調が悪いとのこと。
特別理由も聞かなかったけれど、「そうなんだ」と言って、「お大事にね」と見送った。

後から聞いたところによると38度の熱があって帰ったということだった。

先述の通り、子育てで忙しい世代だから夜遊びなんてもってのほか、「そんな暇もお金もない、パートナーが許さない」というのが定番の内容で、職場のちょっとした食事会にすらコロナ前から出席しないような人だった。
タバコも吸っていないから喫煙室などへの出入りもなし。コンビニで朝食や昼食を買う以外は、子供のお迎えくらいしか立ち寄らないだろうと思うような、まじめなタイプという印象の人だ。子供の風邪でももらったのかな、と思っていた。

2日後、勤務中に上司に呼び出され、その人がコロナ陽性確定したということを言われて、私は「濃厚接触者の可能性」があるとのことで、何人かの同僚とともに早退するよう指示を受けた。

体調が悪いという言葉に対して、「コロナじゃないよね?」という冗談も言われないくらいの人が、まさかという感じだった。

一方、いざ自分が「濃厚接触者」と言われても、同じ空間でその日、数時間一緒に仕事はしていたものの、対面して話すときにはお互いにマスクもしていたし、それも一度だけ、同じものを触ったとしたら出入り口のドアノブくらい。その空間にいてその後、自分の粘膜などに触れてしまったかどうかと言われると、無意識におこなっていることだから正直わからない。
飲食をしたかと言われたら、持参した水筒の飲み物には口をつけた。けれど、蓋はきちんと閉めた状態で置いてあったし飲み口に触れることはない。

会社は顧客の個人情報も扱うため、厳重にロックされている空間で窓なんかは開かないけれど、それゆえに換気空気清浄機は元から設置・稼働している環境だった。
消毒薬や自席の清掃をするための除菌シートマスクなども常備されており、各々で自由に使用できる。各スタッフの間にはすべてパーティションがあり、隣の席、正面とは区切られている空間になっている。コロナになった後からは、定期的に清掃のスタッフが出入り口のドアノブ消毒して回ってくれていたし、パーティションの高さも付け足されていた。

環境としては比較的、コロナ以前から感染対策基準と言われる状態に近い職場だったのではないかと思うものの、ビル全体の人の出入り、エレベーター、エスカレーターは密になるし、駅や電車内の密も変わらない。意図せずに人と触れ合ってしまうことだってある。
誰かがどこかからもらってきた、その経路は判断がつかないし、職場に入り込んでしまったら、正直、避けられないのかもしれない。
同僚とは、「正直、現状でも危険だよね」という感覚では話していた。
それでも、その感覚とは裏腹に、職場でも数人が罹患したと聞いてはいたものの、この1年の間、自分自身はかかっていたとしても無症状程度のものなのか、かかっていないのだとしたら、現状の対策で避けてこられている程度のものと思って大丈夫なんだろうか?と、淡い期待も抱いていた。

けれど、実際に「濃厚接触者」と言われると、正直「どこからどこまでが?」という境目はよくわからなかった。

たまたまその人の症状が出たのが、その日、その時間だっただけで、それ以前から罹患していたのだとしたら、いつから?そして、その人が職場に持ち込んだ最初の一人ではないのだとしたら、誰からいつ、どうやって?会話をした人は他にもいたし、当の私と翌日以降も接触していた人だっているし…と。
厳密には区切れない難しさを目の当たりにしつつ、その日は公共交通機関を使わず、徒歩で自宅まで戻ることにした。

待機から陽性確定まで

私自身は普段から平熱が低く熱も出さない、風邪もひかないし、インフルエンザもワクチンを打ったことがない。それでも一度もかからないものだから、一部で言われている、持病の『アトピーあるある』として時々耳にする、『アトピー患者の一部の人は、体内で炎症があることがまさって風邪などの病気にかかりにくいらしい』というのを、個人的には採用していた。(風邪やインフルエンザのウィルスが体内の炎症熱で死ぬ、という理論らしいですが、真偽は定かではありません)

「だからきっと、表立ってまだデータには出ていなくてもそういう節が一部の人にはあって、コロナも自分はかからないんじゃないか?」とも思ったり、「ひょっとすると、すでにかかっているのに無症状なのでは?」と思ったりすることもあった。希望的観測。
けれど、だからといって対策していなかったわけではなく、日に日に状況も変わるし、危機感は持って、外では極力、物に触れない様にしたり、消毒に気を使っていた。万が一、自分がすでに罹患しているのに無症状であるなら、誰かに遷すわけにはいかないとも思っていた。

職場では年齢が高い方だし、初期の緊急事態宣言の時には「重症化リスクが高いんじゃないか」と言って気を遣っていただき、自宅で仕事をしたりもした。宣言解除後にオフィスに戻ってからも、入室前の体温検査は毎日おこなったし、出入りの際の手指消毒自席の消毒清掃をきちんとおこなってから業務についた。咳エチケットを守らないスタッフがいると、上司に頼んで徹底してもらうようにも声をかけた。同僚同士でお菓子の交換をするのもやめた。(マネージャーは今も配り続けてくれているけれど。ちなみにその人も陽性者だった)

朝、出勤して、昼にコンビニに立ち寄るくらい、終業後はどこに立ち寄るともなく帰宅する。
休みの日にスーパーで食材などをまとめ買いする以外は、特段、どこにでかけるでもなく、飲み会だってずーっとご無沙汰だった。

早退した日は、まったく自覚症状なし。会社の担当者に連絡を入れ、保健所への連絡など、どうしたらいいかの指示を仰ぐ。
会社判断での「濃厚接触者」ではあるものの、感染源が今回の1人だけだとしたら、正直自分は陽性ではないんじゃないかと思っていた。PCR検査も、自分が直接連絡したのでは受けられない程度の接触とされ、会社を通して保健所に連絡してもらってようやく受けられることになったくらいだった。

保健所からは検査の提供状況として、車があればドライブスルー検査最速だと言われたものの(2021年5月時点)、車は所持していないため検査キットを送ってもらい、届くのを待つことにした。
唾液を採取し、それを保健所まで自分で提出に行くという方法。(抗体検査ではなく、これでPCR検査できるとのこと)
保健所から距離のある人は提出に行く時点で交通機関を使うことになるよね?と、また、疑問も感じつつ、私は自宅から保健所まで歩いて行けない距離でもなかったため、往復2時間くらいかけて、散歩のつもりででかけることにした。検査キットが届くまでの待機期間中は自宅でじっとしていたので、運動不足解消も兼ねつつ、春先の街中を歩くのはとても気持ちが良かったけれど、保健所検体回収所の前は結構な数の人がおり、ばったり職場の上司にも出くわした。

話を聞くと、私が自宅で検査キットの到着を待っている間、同時期に待機になった同僚は先にドライブスルーで検査結果が出ており、陽性だったとのこと。
加えて、その上司のチームのメンバーにも陽性者が出ており、自身も濃厚接触者になったので検体を提出に来たこと、既に自宅での仕事に切り替わっていることなどを話して、急いで帰っていった。
私は陽性確定したそのチームのメンバーとも、壁を隔てない同じ空間で仕事をしていた。

検査結果は2〜3日ほどで出るとのことだったけれど、陰性ならメールの返事の方が早いというので登録を済ませた。陽性なら電話で連絡が来る。自宅待機から一週間ほど経っていたけれど、症状は相変わらずまったく自覚なし。数日前に少し、口を開けて眠ってしまったのか、喉がイガイガしたことはあったけれど、なんということもない状態だった。
けれど翌日、検体提出から2日と待たずに見慣れない番号から着信があり、陽性を告げられた。
その日の朝になって妙な空咳が出始めていたことや、周りが陽性者ばかりだったこともあり、電話がなった瞬間に陽性を覚悟した。咳の症状が出たということもあって、そのまま陽性確定日発症日とみなされることになった。